2017年04月14日

147:小太刀の特徴と面白味(1)


小太刀の特徴を簡潔にあらわすならば、外形的には「軽い、短い」ということになりましょうか。
そうすると棒状の物体としては取り回しがよい反面、刃物の機能としては必然的に「斬りにくい」ことになります。

簡単な思考実験をしてみましょう。
金属バットと玩具のプラスチックバット、両者が同じサイズのものだったとして、屈強な男が渾身の力で叩きつけた場合、どちらがダメージにつながるかは容易に想像がつくと思います。

 運動量=質量×速度
(『運動量と力積 わかりやすい高校物理の部屋』
 http://wakariyasui.sakura.ne.jp/p/mech/unndouryou/unndouryou.html

 ――だそうですから、最終的に達した速度が同一なら重いものの方が大きな運動量を持っていることになります。
すると、金属バット(約900g)に比べれば無にも等しいプラスチックバットの質量(約130〜150g)だと、相当な速度に達していても威力は比較にすらなりません。実に6〜7倍の速度で振ってやっと同程度。そんな高速でなど振れるわけがありません。

小太刀と大刀の重量差はそこまでではないので、思いっきり速く振れば運動量の不利をカバーすることは出来そうな気がしますが、さらにもうひとつ、寸法という要素があります。

今度は同じ重量の――そうですね、5〜6sくらいのダンベルと、同程度の重さをした1メートルほどの金属の棒を想像してみてください。
棒の端を持ち、肘の曲げ伸ばしでもってダンベルと同じように上下に動かすことは非常に困難なはずです。
つまり長ものの端を持っていれば、先端部では勝手に下方に力が働いてくれるということを意味します。(※1)
事実、大刀の袈裟など巻き藁ならば「釣り竿をヒュンと放るように」軽く振るだけでサクサク斬れます。

刀が勝手に食い込み切り裂いてくれるようなもので、田中光四郎先生は冗談で「100人やったら120人が斬れますよ(笑)」とまで評しています。
切り上げは袈裟に比べれば多少難度は上がるものの、やはり大きな運動量が慣性となって対象に働いてくれるため、刃筋さえ立てれば巻き藁などはこれも比較的たやすく両断出来ます。

一方小太刀は、その軽さ短さからくる運動量の小ささ、すなわち慣性の小ささから、対象に当たったその瞬間から大きく減速してしまいます。(※2)
結果、刃物としての切れ味が同じだとしても途中で止まってしまいがちで「斬りにくい」ということになります。

ではどうするか、というのが小太刀の面白いところで、簡単に言えば「身の近くで使う」というのが一つの原則であり答えです。


※1…
実際には同じ材質ならば細長くするほど強度が下がるので、そのバランスの範囲内でかつ現実的な使い勝手も加味して成形する必要があります。

※2…
軽いバットがさらに短くなったのを想像していただければ理解は容易でしょう。当たった後に振り抜くことが出来ないか、あるいは非常に苦労する、ということです。

極論かつ私事で恐縮ですが、中学生の頃、自動車にはねられたことがあります。車の方は交叉点を曲がるため歩行者ほどの速度まで減速していたにも関わらず、自転車ごと2車線以上も吹っ飛ばされました。
充分な質量があれば低速であっても相当な威力があるという一例として紹介いたします。
posted by 秋山勇浩 at 23:57| Comment(0) | 剣術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

146:黒岩洋志雄先生を偲ぶ会


…が、今週末「合気道 輪の会」の主催で行われます。

 日時:17/04/16(土)13時30分〜
 場所:鍬守道場(練馬区桜台4-33-22 西武池袋線「桜台」駅より徒歩5分)

黒岩洋志雄師範に合気道を学ばれた先人から、師範の生前はご縁がなかったもののその系譜の稽古に励まれている若い人まで、年に一度さまざまな顔ぶれが集い、黒岩合気の稽古をし、墓前に手を合わせ、そして懇親会を致します。
このときしかお会いできない方々の顔を思い浮かべますと、今から非常に楽しみです。

「輪の会」の稽古日でもありますので、稽古はどなたでも参加可能だそうです。
ご興味のある方はこちらまでお問い合わせを。(リンク先:「合気道 輪の会」問い合わせフォーム)


そういえば先日「輪の会」にお邪魔したときにお会いしたTさん、「(本日稽古日和も)読んでます」とのことでたいへん嬉しかったです。ありがとうございました。
当日お会いできましたら、またよろしくお願いします。


※…「輪の会」主催というより、年に一度の「偲ぶ会」がいつしか「輪の会」の発足につながったような感じですね。
Zさん、毎年ありがとうございます。

posted by 秋山勇浩 at 12:45| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

145:無念…


 演武でトチってしまいました。試斬の切り上げで。

 去る17/30/25(土)、中野サンプラザで日子流の新刊DVD『日子流小太刀 〜抜き打ち〜』の記念パーティが催され、演武を行いました。
 その冒頭でのことです。

 さかのぼること3年前、DVD『白刃捕り』の記念パーティでは私はまだ小太刀の真剣を用意しておらず、他の稽古生が袈裟を披露していたのですが、その帰り際、青木宏之先生が手刀をさまざまな角度に翻しながら
「こうズバズバズバッとやってみせてくれると思ってたんだがな〜(笑)」とおっしゃっていまして。

 以前チラッと触れましたが、大刀に比べ小太刀の試斬は少々むずかしいところがあります。(近いうちに詳しく述べようと思います。)
 一方で、「難しい」とはいうものの、それを理解していただくには体感するのが一番で、したがって演武会場のほとんどのお客様には難しさなどまったくピンとこないことでしょう。

 ちなみに難しいとは言っても、私は、最初に乾燥したままの巻き藁に叩きつけたときを除けば、小太刀であっても袈裟の試斬などしくじったことは一度もありません。
 そして大刀ならば六方斬りくらいは出来ます。が、小太刀では難儀する角度がいくつかあります。
 そのうちのあるものは無理をすれば斬れないことはないものの、スキを排した小太刀「本来の」操法からは外れてしまい、またあるものは本来の操法から外れた斬り方をしてもなお切れません。
 それらの角度は、本来の操法だと巻き藁を両断することに無理があり、それ以前にそもそも用途が違う、と田中光四郎先生からもうかがっていますし、青木先生もそういうことはもちろん承知の上でおっしゃっていたのでしょう。

 しかし、こういうときの青木先生の言葉はだいたい、表面的な言葉通りの意味合いの他に複数の意味が同時に込められていることを、私は経験上思い知らされています。

 簡単にいえば「こういう演武のときなどは、多少理合いから外れてでも、素人向けのわかりやすい凄さの表現も必要だぞ」ということではないかと。
 私も、稽古は自分のためのもの、演武は観客のためのもの、と考えています。(奉納演武は、さらに別ですが。)
 理合いにこだわるあまり人の目線を顧慮したくないのならば、演武などせず道場にこもっていればよいのです。
 だから演武において多少のウソは、むしろ必要なものだとさえ思います。
 もちろん一方で、稽古で理から外れたウソを繰り返すのは意味がありませんし、それでは永遠にモノの役に立ちません。

 さらにもうひとつ込められていたような気がしますが、たぶん私へのやんわりとした個人的なアレなので、ここでは割愛。

 そういったわけで、今回は「ズバズバズバッ」としたやつを演じてやろうと思ったのですが…。

 左右袈裟のあとの斬り上げでですね…、巻き藁が芯棒から抜けてスポーンと。
 そのあと手でガスッと突き立て直したのをちゃんと斬り上げで両断はしたのですがね…。

 あ〜あ…みっともね〜な〜。凹むな〜。
 あんなこと滅多に起きないのにな〜。稽古では「ズバズバズバッ」だったのにな〜。

 
 …………でも、本番で出たものだけが「実力」なんですよね。
 至りませんで。精進します。


※…だいたいこの種のパーティは赤字になるのが常で、少ない交友関係の中から「輪の会」代表Z氏に同会の若手2名、新体道代表I氏に参加をお願いしてみました。I氏はさらに新体道の稽古仲間Mさんにも声をかけてくれたようで。
 ただただ感謝々々です。
 皆様、参加ありがとうございました!
posted by 秋山勇浩 at 01:50| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする