2018年06月15日

161:虎走りとダイラタンシー効果(2)


結論は(1)で述べた通り、要は「虎走り=ダイラタンシー効果」ではないか、ということ。
今回は考証という名の肉付けです。
他流のことなのでどうでもいいといえば本当にどうでもいいことなのだが…長年の疑問であったことも確かなので。

水辺.JPG
(画像はイメージです。こういう水面は無理。)

まず真っ先に浮かぶのが、
「似たように見える動作を短絡的に紐づけているけれど、特殊な濃度の流体だけにおこる現象で、武道の技としては再現性が低いのではないのか?」
──という疑問。もちろん私もそれが最初に頭をよぎった。

(1)をご覧いただいた方は、さっそくWikipediaなど目を通されているのではないかと思う。
Wikipedia「ダイラタンシー」の「古来の伝承」には以下の記述がある。

「干潟や水を張った水田の中を、優雅に神楽を舞いながら小走りで移動する」神事があり、これを担当する当代の巫女が「足を取られて沈むことなく、湿地帯の水面上を移動できる現象を、神憑りの神通力や迷信ではなくダイラタンシー効果で説明できる」とし、水面歩行術の実演も行っているという。
干潟といえば名作『釣りキチ三平』の有明海編で、「潟スキー」という原始的なボディーボードのような道具なしには移動できないことを知らなかった主人公が底なし沼のようにズブズブと干潟に沈んでしまうシーンがあったのが思い出される。
それを素足で沈まずに歩けるというのは、非常に興味深い。

また、「難攻不落の沼城であった備中高松城が、秀吉の水攻めによって落城の憂き目に遭ったとき、(略)素早く足を動かせば泥の中に足が沈まないことを知らなかった敵兵は、まともに追撃出来なかった」という伝承もあるそうで、これなどは攻守を逆にすればまさしく虎走りの想定するシチュエーションではないだろうか。しかも実際の戦闘記録である。

ここで特筆すべきは、先の動画が示すように、特殊な重心操作や訓練を要さず、知ってさえいれば誰でも出来るという再現性の高さである。
武道の技術は多くの場合あくまで個人のものであって、戦場の役に立ったり、まして戦局に影響を与えることは通常ありえない。知識のみによって集団での運用を可能とし、上記のエピソードのように実際に戦局を左右するほど有効な技術というのは、武道で他に見当たらないのではないだろうか。

「氵(さんずい)」のつく地名が示すように、かつて稲作が盛んだった時代、治水技術が未発達だった時代、水田や沼地などの湿地帯は今日我々が目にするよりはるかに身近なものであった。となればこれはきわめて実用性の高い実戦歩法だった可能性がある。

膝まで沈むぬかるみでにっちもさっちもゆかない敵を、水面歩行で軽やかに追い詰めてバッサリ──。
検証してみたいなあ……刀が錆びたらたまったものではないのでスポチャンか何かで。片栗粉が何百kgあればよいのか見当もつかないが。


あ、ここまで引っ張っておきながら今更ですが、虎走りの最初の姿勢が示す想定は屋内戦のようなので、それが本当ならば、はなはだしい見当違いの可能性の方が高い、というガッカリな事実も、念のため申し添えておきます。
屋内でどう有効だとも考えがたいので、私は、用法を悟られぬためのカモフラージュだったのではないかと疑っていますが。


posted by 秋山勇浩 at 00:19| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

151:謹賀新年 〜稽古会検討中〜


あけましておめでとうございます。
旧年中はたいへんお世話になりました。

さて昨年まで本部の(火)(木)平日クラスを担当しておりましたが、より広範かつ容易に参加できるかたちをと考え、今年からは公共施設での稽古会を始めようかと考えております。
近日中に予定をアップ致しますので、ぜひお気軽にご検討・お問い合わせください。

IMG_2208_R.JPG
(鹿島神宮の初詣にて、新年の祈願とともに)

それでは本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

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(鹿島→香取→成田山…と、強行軍の初詣の最後に買ったお神酒です)
posted by 秋山勇浩 at 18:58| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

150:古巣のこと

 先々月10/8、新体道の50周年(※1)パーティがあり、先月11/19には出身大学である中央大学新体道棒術部の40周年記念演武&式典がありました。浪費の相当部分を占める酒代を中心にあれこれ節約し、満を持して両方参加。
 おめでとうございます!

 さらに今年は大学の文化祭演武も見学に参りました。
 単純に遠いのと、「この世代がしょっちゅう顔出すのも扱いにくそうでちょっとなぁ」というのとで、大学にはすっかり足が遠のいているのですが、節目の年ということもあり懐かしい母校へ。現役のころと同じ会場で繰り広げられる学生の演武に、やっぱり自分の青春は間違いなくそこにあったのだなと、しみじみとした感慨深さなどではなく、何か燃える想いが沸き立ってくるのを感じました。
 それぞれの式典では、古い知り合いと旧交を温め、現在進行形の学生や若いOBからの刺激を受け、ここでも稽古へのモチベーションがリフレッシュされました。
 中でも、「蹴りの佐藤(※2)」の異名をとった棒術部2代目監督の祝辞では「我々にバックミラーは要らない」というキメ台詞が飛び出し、稽古人の胸を打つその抜群の破壊力に会場がどよめきました。
 
 実行委員の皆様、おつかれさまでした。そして本当にありがとうございました。
 これからも、稽古に励んでまいりましょう。

 監督演武_R.jpg
 
 式典集合写真_R.jpg

※1…起算日がいろいろあり、正確には「50周年+α」なのだそうで。確か私が大学1年の終わりか2年の頃に25周年の式典をお手伝いしたように記憶しているので、まあだいたいそのくらいなのかなと。

※2…「棒術部なのに蹴り?」と思われるかもしれません。合気道でいう体術と剣術のように、棒術は空手とセットになっています。空手部で棒術を学ぶことはあまりないと思われますが、棒術部では「素手技」として稽古時間の半分近くを空手に割いており、2代目監督の佐藤先輩は蹴りのたいへんな名手でした。
 ちなみに現監督(写真上)は7代目。
posted by 秋山勇浩 at 02:36| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする