2016年10月24日

140:当たり前のこと――体重とか実戦とか(4)


 実戦など、私の一生にそんな機会があるのかは知りませんし、たぶんないでしょうし、ない方が良いに決まっています。一方で、実戦でその名を轟かせた田中光四郎先生は海外で人気が高く、必然的にガタイのよい人と稽古をする機会はしばしばあります。
 前の記事で「わりあい切実な事情が」と言ったのはコレです。
 幸いなことにもこれまでのところ、海外の稽古仲間は皆人格的にも優れた人ばかりで、また一回限りのセミナーでも粗暴な受講生というのはいませんでした。(ちょっとやんちゃそうなのはいました。)
 だからといって、これからもそういう縁ばかりが続くという保証はありません。
「弟子は師を写す鏡」と申しますから、実戦には遥かに及ばぬまでも、弟子である私がそういう場でしくじったりすると流派の評判を落としてしまい、ひいては田中先生の名を汚してしまうという危機感があります。体重が欲しいというのは、こうした理由からです。

 が、一方で日子流は「下から攻める」ことを旨としており、低い姿勢をとる必要性があるため、あまり増やし過ぎても今度は膝に不安が出てきます。田中光四郎先生は小柄ながらも、ご病気をされるまで80数kgあったそうです。しかし体格・体質は人それぞれで、なんとなくですが私の膝の限界は80kgよりはだいぶ手前にありそうな気がします。
 それでも私にとってのベストは、おそらく10kg近い増量と思われます。専門的に筋トレをしている人でさえ、純粋な筋量のみの増量は1年間で数kgが限度だとか……気が遠いなぁ。
 本当は、精度を上げるのに必要なのは試行錯誤の数なので、私の好きなそういう稽古だけを考えるならば、増やすどころか今より数kg軽い方がよいくらいなのですが。

 でもなー。

 結果にコミットするどこかのフィットネスクラブみたいな、あんなガリガリも、あれはあれでなー。
 ……あれを「やせマッチョ」と呼ぶのはどうかしていると思います。
 あんなん、言ってみれば「即身仏」ですよね。少なくとも、武道が目指すものとは真逆の何かと見るべきでしょう。

 何度も繰り返しますが、名人・達人とされる方々で、壮年期に貧相な体格だった人はいません。
 お年を召されてからのお痩せになった姿があまりに印象的で、ついそれが目標であるように錯覚してしまいがちです。壮年期の姿が充実しているのはまだ未熟で力を必要としていたためで、老境に達してからの姿の方が優れているのではないか ── ついついそのように受け取ってしまうのも致し方ない部分もあるでしょう。
 しかし名人・達人は、そのときそのときのベストを尽くした結果としてその姿でいるのであって、決して、痩せようとしてお痩せになったわけではないはずです。
 
 筋トレか……はぁ。
 
 今さらもいいところですが、成長期をとっくに終えてても60くらいまでは効果があるらしいのが、せめてもの救いですな。


posted by 秋山勇浩 at 23:09| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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