2016年10月10日

136:当たり前のこと――体重とか実戦とか(2)


 よく「実戦を想定した稽古」等、目にしたり耳にしたりしますが、どうにも尻の座りの悪い語感だと、常々そう感じておりました。
 稽古は稽古であって、実戦とはかけはなれた何かだろう…と。
 これは何も、稽古と実戦のどちらに価値があるということではなく、単純に別物なのではないかという、まあ当たり前の話です。
 実際、実戦はこうはいかないということを、田中光四郎先生はご自身の体験からたびたび口にされます。やはり別物なのです。
 にもかかわらず、それでも先生は、「稽古しかない」と、これも繰り返し繰り返し仰います。「実戦を繰り返せ」ではありません、「稽古しかない」と言うのです。
 先生は、本当に稽古を大切にされています。
 
 ここが大切なところなのではないでしょうか。

 本来稽古と実戦は別個の存在であるのに、それらを混同、あるいは何とかして近付けようとするところに生じる無理が、冒頭の言葉のちぐはぐさにつながっているのではないかと、私は思うのです。

 では、別物である稽古と実戦は、どのように位置づけるべきなのか。

 稽古は理想(※)の追求であり、実戦は現実と向き合うこと……大まかこのあたりを枠組みにしておけば、それほど間違いがないのではないでしょうか。


※理想…この場合は、あくまで、「高度に理に適った動作や状態」という意味であり、現実離れした妄想の類いではないことを、特に付記しておきます。

posted by 秋山勇浩 at 22:51| Comment(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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