2016年06月04日

123:残念な合気道家


 つい昨日のことです。ふとしたことから会社の同僚と合気道の話になったのですが、彼は過去に合気道の体験か何かで手をネジられてひどく痛い目を見たらしく、心底面白くないものを思い出すように嘆息して「……もうこりごりですね」という感想を述べておりました。当然、そこには一片の畏怖も敬意もありません。
 その同僚はかなりフィジカルを鍛えているとはいえ、武道や格闘技に関しては全くの初心者でした。
 そういう相手を痛がらせて得意になるのが合気道だとしたら、こんなに情けないものもないでしょう。
 彼にとっては「合気道=痛みで相手を制圧するもの」という位置づけになってしまったようです。それはすなわちその合気道家の理解がその程度であることに他ならず、決して自慢になるようなことではありません。
 だいたい、もし痛みに強い相手だったらどうやって制するつもりなのでしょう。
 実際、素人でも手首の頑丈な人なんていくらでもいますが、素人さんへの説明でムキになって関節をネジあげるような醜悪な行為を披露するつもりなのでしょうか?

 関節が痛いから崩れるのではありません

 崩しが効いているから効果的に関節技がかかるのです。(※)

 今の私は日子流の人間ですが、だからといって、かつて夢中で稽古した合気道を大切に思う気持ちを失ったわけではありません。
 上述のような情けないものを合気道だと思われるのは非常に残念ですし、そう思わせるような人には合気道を名乗ってほしくないと思います。

 ……門外の者がさしでがましいことで申し訳ありません。
 そして、今回たまたま「合気道」で起きたことのようですが、これは何流であれ同じことだと思います。

 お心あたりの方は、ご自身を見つめ直すか、指導者を選び直すことをおすすめします。



※…そして関節などキメなくても合気道の説明は充分に可能です。(というか関節技は枝葉でしかありません)
 なにより、初心者への説明や紹介で相手を痛がらせてニヤニヤ喜ぶのは、「私はそういう小っぽけな優越感だけを楽しみに生きている人間です」と自らの卑しさを紹介するようなものです。恥ずべきことでしょう。


タグ:合気道
posted by 秋山勇浩 at 15:11| Comment(2) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ざらにいますね、そう言う自称武術稽古者。

あと、逆に技が効かないと「力を抜かないとダメだ」とか言う人。
たいていは腑抜けといわゆる脱力の違いを考えたことのない人たちでしたね…
Posted by O-嵐 at 2016年06月06日 09:33
O-嵐さん、ごぶさたしております。

ホントですね。
大切なものを汚された気分で勢いに任せて書いてしまいましたが、考えてみれば「いろんな人がいる」っていうだけの、ありきたりのことですな。
しかし、それでも本当に残念です。
Posted by 秋山勇浩 at 2016年06月06日 22:22
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