2015年10月25日

055: また、つまらぬものを斬ってしまった…


 ── by 石川五右衛門。
 ルパン三世の新シリーズやってるそうですね。曜日も時間もチャンネルも知りませんが、懐かしいなぁ。

 海苔巻き_R.JPG
 ↑斬りそこねているとも、ある意味では斬れているとも言えますね。

 具_R.JPG
 もったいないので下の方ギリギリまで斬っていると、ときどきやってしまいます。
 
 骨に見立てて竹の芯を入れ抵抗値を変えることもある…と聞きますが、とりあえず木の芯について言うならば「気が付くと斬ってしまっていることがある」感じで、特に抵抗が変わる感触はありません。竹だとどんなふうに違うのでしょう。気になります。
 
 芯棒は常に2〜3本用意してはいるのですが、これをやらかしてしまうと地味に面倒くさいというのが正直なところです。
 そこでタイトルの台詞。

 そして今週はこれといった上達なし。残念です。
 そろそろ畳の残量に不安が出てきたので、また50枚ほど譲り受けてきました。
 最初にいただいたのが20枚。その後は約50枚ずつ、確かこれが3度目です。ということはZ君らを招いたときの20枚を除くと、ぼつぼつ100枚近くは斬っている計算になりますか。(半畳巻きにもしているから、一畳巻きではたぶんその8割くらい)
 動かない相手なんて素振りと一緒なんだから、もう少し上手くなっていてもよさそうなもんだな…。

 試割りが空手ではないように、試斬は剣術とは呼べません。体系の一部ですらないでしょう。
「試」の文字に示される通り、特定動作の確認方法のひとつに過ぎず、いつまでもこだわっているべきものではないように思います。この夏からの集中期間でつくづくそう感じました。
 だからといって出来ないままやめたのでは「上手く斬れずにあきらめた」という事実しか残りません。それに、斬れない剣を"剣"術と呼んでよいものかといえば大いに疑問を覚えるのも事実です。
 早く上達して、この種の稽古にはさっさとひと区切りをつけてしまいたいものです。
 
 他にもやるべきことは、沢山あるのですから。

posted by 秋山勇浩 at 23:07| Comment(0) | 剣術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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